AIR RACE X 記者発表会 現地レポート
2023年7月13日、渋谷ストリーム ホールにて開催された「Metaverse Japan Summit 2023」において、エアレースパイロット・室屋義秀(日本/2017年ワールドチャンピオン)らが参加する新たなエアレース「AIR RACE X」の記者発表会を行いました。
記者発表会では、AIR RACE Xのプロジェクトリーダーを務めるデズモンド・バリーが映像で登壇し、AIR RACE X デジタルラウンドの決勝トーナメントを2023年10月15日に渋谷で開催すると発表しました。また同レースについての詳しい解説や今後のロードマップなどを示しました。
AIR RACE Xでは、実際のフライトと最新のデジタル技術を融合させた新たなレースフォーマットを採用します。
デジタルラウンドのレースコースは、仮想空間に再現された渋谷の街にパイロンを設置。今大会に参戦するパイロットの拠点では、デジタルツインの渋谷に設置されたパイロンの位置情報を基に、世界中で同じ条件のコースが再現されます。
パイロットたちは実際に世界各地の拠点でフライトを行い、その超高精度なフライトデータをオンライン上で収集・分析して、競技データを生成。その競技データをXR技術で映像化。決勝当日、パイロットたちのフライトを渋谷の街中で観戦するという新しいモータースポーツの楽しみ方を提供します。
決勝トーナメント用のフライトデータは決勝当日まで大会側で非公開で厳重管理されます。
決勝当日はレース中継番組を世界配信し、ここで初めてレース結果を公開。今大会の優勝者が決定します。
観戦会場となる渋谷では、リアルメタバースプラットフォーム「STYLY」のXR技術で再現されたレース機が観客の目の前でフライトし、大迫力のレースを眼前で繰り広げます。リアルでは実現不可能な街中で最高時速400kmの戦いを観戦することができます。
記念すべき世界初の大会には、室屋義秀、オーストラリアのマット・ホール(2019年ワールドチャンピオン)、カナダのピート・マクロードなど8名のエアレースパイロットが参戦します。またAIR RACE Xでは、2023年に渋谷で開催後、2024年にはデジタルラウンド4戦、2025年にはデジタルラウンド4戦に加えて、リアル開催となるグランドチャンピオンシップの開催を目指すことも発表。
最後にデズモンド・バリーは「AIR RACE Xは新次元のモータースポーツであり、ファンにアクションとスリルを体験する新しい観戦方法を提供します。また、遠隔地のパイロット同士が、公平で安全に競い合うことができる、信じられないような未来が待っています」と今後のAIR RACE Xの抱負を語りました。
続いて、記者発表では室屋義秀選手が登壇し、レースに参加するパイロットとしての視点から、時間と空間を超えた「5次元モータースポーツ」であるAIR RACE Xで使われているXRテクノロジーの魅力について、次のように語りました。
「モータースポーツとXR技術はすごく親和性が高いと考えている。飛行機のフライトデータや操縦データは完全に記録されているため、データ化が容易である。またデータ上で再現することも容易なため、XR技術はモータースポーツに導入しやすい。こうした再現があると、パイロットが実際に機体内で行っているさまざまな努力も理解されるようになるはず。例えば、動画配信にスローモーションや解説を組み合わせることで、(パイロットたち)それぞれの違いが明確になり、視覚的にも理解しやすくなるため、観戦する側にとっても興味深いと思う」
室屋選手と同じくAIR RACE Xの発起人であり、レッドブル・エアレース時代の同期であるマット・ホール選手とピート・マクロード選手の参戦については、共にエアレースを目指し、訓練を積んできた長い間ライバルであり、仲間であるとし、「エアレースができなくなったことでなんとかできないか解決策を探していたときにテクノロジーを駆使してやってみようということで今回集まった。まずはリモート形式での戦いとなるが、彼らとまた競い合えるのは非常に楽しみだ」と述べました。
また室屋選手は最後に今回の大会にかける意気込みを次のように語りました。
「今回はリモート形式となるため、全員が同じ場所に集まるということはないが、実際のパイロットが行うフライト自体は2019年までと何も変わらない。しかし、データの精度がより高くなっているため、競争は以前よりも厳しいものになる。チームとしてもパイロットとして、今回は初開催、初優勝を目指してがんばりたい」
その後行われたトークセッションでは、室屋選手のほか、渋谷未来デザインの長田新子氏、STYLYを提供するPsychic VR Labの渡邊信彦氏、東京大学生産技術研究所特任教授・建築家の豊田啓介氏が登壇。AIR RACE Xが提供する新たな観戦スタイルなどの話を展開しました。
渡邊氏はXRとモータースポーツの融合について、「都市レベルでモータースポーツとXRが融合することは今回が初めて」と語り、次のように今回の大会でのXRの仕組みを説明しました。
「AIR RACE Xでは、STYLYにより、実際には飛行ができないリアルの渋谷の上に仮想のデータを重ねることで、選手の飛行や他の要素をリアルタイムに視覚化し、共有できるようになる仕組みを開発した。これにより、渋谷の街を舞台にした臨場感のある体験を提供することが可能になった」
AIR RACE Xでは世界各地のパイロットに渋谷を模したコースレイアウトを配布し、選手は自身の拠点でそのコースに基づいて飛行します。既定のコースからの逸脱や姿勢の乱れなど飛行データは完全に記録されます。
渡邊氏のチームはこの記録データを受け取り、STYLY上で再生することでデータを実際の渋谷の街にマッピングします。そして、STYLY内には約1km範囲の渋谷のデータがあり、ここに選手の飛行データがマッピングされ、実際の飛行機のモデルがどのように飛行したか、センサーから記録されたデータが再生されます。これにより、ビルの間を飛行するような迫力のある映像を視聴することが可能になります。
また、渡邊氏はスポーツとXRに注目した理由について、次のように述べました。
「モータースポーツはリアルで開催することに物理的制約があったが、今回の取り組みでは渋谷を飛ぶという現実ではあり得ない要素をXRを活用する事で可能となった。これによって、全く新しい視聴体験を作り出す事だけではなく、デジタルを用いた新たなルールや視点が生まれ、将来的にはこれをeスポーツとして発展させていくことができるのではないかと考えている。これはエアレースの新しいファンを開拓することになり、さらにはエアレースを参加型に変えることができる。今回の取り組みを皮切りにエアレースを一般化し、より多くの人が楽しめるものにしていくための第一歩になる」
室屋選手はXRとの出会いについて「最初はどんな技術があるのかも分からなかったけどMetaverse Japan SummitでXRのことを知ったときに、これはいけるかなと思った」と述べ、その期待感については次のように語りました。
「僕らパイロットが実際に飛行機で飛ぶときは安全上の問題から、何かあったときにお客さんを巻き込まないという条件がある。渋谷の街中で飛んでよければ、飛べそうな気がするけれども、それは危ないので実際にはできない(笑)だから、今回はこういう形で本当に街中にいる人や飛行機に興味がない人にも目に触れてもらう機会になる。スポーツはアリーナに行ったり会場に行ったりしないと見れないものだが、それがどこでもアクセスできるようになることでスポーツの魅力が一気に広がると思う」
豊田氏は今回の取り組みが渋谷という都市の価値を向上させる可能性について、「メタバースやVRは驚くべき新しい可能性を提供しているが、現時点では主に個々の体験やバーチャル空間での接続が主流になっている」とコメント。そのため、都市空間でみんなが一緒に共有体験し、そのエネルギーを感じることはなかなか難しく、それがないために持続性などの課題が生じていると指摘しました。しかし、豊田氏は、その現状が変わりつつあるとし、今後の可能性について次のように語りました。
「XRによってそこにある振動や音などを街で共有できるようにすることが重要だが、技術が進化し続ける中で、それが可能になることを期待している。フェスのような興奮や、モナコやシンガポールGPのように街全体が盛り上がり、その価値が大幅に上昇するような体験を作り出していくことが重要になってくる。その場に集まった全員で音を共有したり、都市の風景を眺めるなど、伝播する興奮を生み出すことができるのは、都市ならではの魅力だと考えている。今回はこのような可能性を何とか実現したい」
トークセッションでは、最後に今後のAIR RACE Xの展望や協業を期待するパートナー候補についても意見交換。渡邊氏はXR表現を担当する立場から、今後もさらなる臨場感のある表現が求められるとし、次のように述べました。
「音や他の感覚的な要素を提供するパートナーが必要になる。自分たちが得意とするXR映像以外のところでAIR RACE Xの体感や雰囲気を高めていくためにも、様々なパートナーと一緒に取り組んでいきたい。また、さまざまなアーティストと組んでNFTの発行を試みたり、web3ベースのコミュニティの創造を視野に入れながら、みんなで一緒に渋谷を盛り上げていきたい」
豊田氏は建築家である自分の役割は、実際の都市にこのプロジェクトをどのように組み込むか、どのように相乗効果を生み出すかということにあるとし、「実際の都市に集まるという経験が面白さを倍増させる。その興奮を3倍、4倍に増幅させる仕組みやノウハウをみんなで作り出していきたい」と述べた上で、次のように語りました。
「例えば、スポンサー企業が実際には建設していないビルを仮想空間上で自由に建てるといった、遊び心を含んだ相乗効果を試してみたい。さらに今回のプロジェクトはグローバルに展開されるものであるため、会場を独り占めするだけでなく、世界中で観戦できるようにし、どこの街にとっても地元開催のイベントにしていけるようにしたい。このことは現在、MRやXRがグローバルに展開されつつある中で、非常に重要な可能性を秘めていると感じている。それにより、多くの人々が双方向に参加し、自分ごととして感じることができるようになる。AIR RACE Xはそのための非常に良い機会だ」
室屋選手は、パイロット視点では、「2025年のワールドチャンピオンシップ化を目指して戦っていく」と述べ、続けて次のように語りました。
「このデジタルラウンドを積み重ねていって、最終的にリアルに集まったグランドチャンピオンシップで最終優勝を決めるような戦いができたらと思っている。また、こういったデジタルラウンドになることで、僕ら経験のあるマスターパイロットだけでなく、もう少し下のクラスの機体や、若いパイロットも含めて競技に参加できる枠組みを来年以降広げていきたい。そして、パイロットがもっと増えてきて、その中の頂上決戦みたいなものがリアルで行なえたら、すごく盛り上がると思う」
時間と空間を超えた5次元モータースポーツ「AIR RACE X」では、今回のデジタルラウンドを皮切りに2025年のリアル開催を目標に持続可能なシリーズ運営を目指します。今後の展開にご期待ください。